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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)60号 判決

東京都品川区西五反田1丁目24番4号

原告

タキゲン製造株式会社

同代表者代表取締役

瀧源秀昭

同訴訟代理人弁護士

渡辺秀雄

同弁理士

増田守

東京都大田区山王4丁目12番2号

被告

有限会社 三真

同代表者代表取締役

真壁英雄

同訴訟代理人弁理士

中川欣一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第11768号事件について平成5年3月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「配電盤用ハンドル」とする登録第323632号意匠(以下「本件意匠」という。)の意匠権者であったが、被告は、平成1年6月29日に本件登録を無効にすることについて審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成1年審判第11768号事件として審理した結果、平成2年7月19日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

上記審決について、東京高等裁判所において、上記審決を取り消す旨の判決(平成2年(行ケ)第226号、平成3年7月10日判決言渡)があり、さらに、最高裁判所において、上告棄却の判決(平成3年(行ツ)第205号、平成4年1月21日判決言渡)があり、上記審決取消の判決が確定した。

特許庁は、本件審判事件を再度審理し、平成5年3月18日、「本件意匠の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年4月19日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)  本件意匠は、昭和42年6月7日の出願で、昭和45年10月31日に設定の登録がなされたもので、願書及び添付図面の記載によれば、意匠に係る物品を「配電盤用ハンドル」とし、その形態は別紙第一のとおりである。

その基本的構成態様は、略横長長方形の前面板の周縁に傾斜面を巡らせ、その上面(平面図)右手よりに、周囲に余白部を設けて略横長長方形の開口部を設けて、この開口部内に上面を面一とする回動ハンドルを開口部いっぱいに埋め込み、左手の余白部中央に押しボタンを現し、前面板の背面には、前面板より一回り小さい略直方体の函体を設けて、函体上に係止板を設けたものである。各部の具体的形態は、押しボタンを略偏平四角錐台形とし、その上面全体をわずかに円弧状に窪ませ、係止板は変形略L字状とし、背面の函体は略中央部で段差があり、蓋に覆われて内部を見ることはできない。

(2)  登録第381842号意匠(以下「甲号意匠」という。)は、本件意匠出願前の昭和41年3月11日の出願で、昭和49年3月25日に設定の登録がなされたものであって、意匠に係る物品を「押釦式飛出しハンドル」として出願し、その後「配電盤扉用ハンドル」と補正したもので、その形態は別紙第二のとおりと認める。

その基本的構成態様は、略縦長長方形の前面板の周縁に傾斜面を巡らせ、その上面(正面図)やゝ下方寄りに、周囲に余白部を設けて略縦長長方形状の開口部を設けて、この開口部内に上面を面一とする回動ハンドルを開口部いっぱいに埋め込み、上方の余白部中央に押しボタンを現し、前面板の背面には、前面板より一回り小さい略直方体の函体を設けて、函体上に係止板を設けたものである。

各部の具体的形態は、押しボタンを略偏平円錐台形とし、係止板は略長方形で、背面の函体は略中央に段差があり、蓋は無く、内部に略円柱状の支持棒が現れている。

(3)  本件意匠と甲号意匠は、意匠に係る物品と基本的構成態様が一致し、この点は、この種意匠の類否判断を決定する要部である。

これに対して、両意匠の具体的形態の差異点については、係止板の形状の差は、本件意匠が変形略L字状であるのに対して、甲号意匠は略長方形と相違している。配電盤扉用ハンドルの意匠としては、設置前の形態を全体として観察するべきものではあるが、係止板と背面の函体の形態の差は、使用状態では見えなくなる部位であるから、意匠の類否を左右するものとすることはできず、乙第3号証(本訴における甲第6号証)の意匠にも共通しているので、本件意匠のみの特徴とはいえず、類否判断に大きな影響を与えるものではない。

押しボタンの形状の差としての、略偏平四角錐台形(本件意匠)と略偏平円錐台形(甲号意匠)については、押しボタンの形状としては、本件意匠のものも独自の態様といえず、共に極めてありふれた形状であること、かつ、この種意匠を創作する者には、容易に考え得る部分的変更であることを考慮すれば、それ程看者の注意を惹くものではないから、いまだ類否判断を左右する差異ということができない。

(4)  以上のとおり、意匠の要部の一致する両意匠は類似するので、本件意匠は、意匠法9条1項の規定に違反して登録されたものである。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点のうち、本件意匠及び甲号意匠の各出願日、設定登録日、意匠に係る物品が審決摘示のとおりであること、本件意匠の形態が別紙第一のとおりであり、甲号意匠の形態が別紙第二のとおりであること、及び両意匠の基本的構成態様が審決認定のとおりであることは認めるが、その余は争う。

本件意匠と甲号意匠における各背面側の具体的形態も意匠の要部であり、この背面側の具体的形態における顕著な差異に加えて基本的構成態様における押しボタンの具体的形状と美観の顕著な差異によって、本件意匠は甲号意匠に類似していないにもかかわらず、本件意匠は甲号意匠に類似しているとした審決の判断は誤りである。

(1)  背面側の具体的形態も意匠の要部であることについて

審決は、本件意匠と甲号意匠の基本的構成態様がこの種意匠の類否判断を決定する要部であるとしているが、誤りである。両意匠の要部は、前面側を主とする基本的構成態様だけではなく、背面側の具体的形態も意匠の要部として認められるべきである。

〈1〉 両意匠の背面側の具体的形態は次のとおりである。

本件意匠の背面側の具体的形態は、「係止板が変形略L字状であること、係止板の背面に2個の円形止め具が現れていること、回動ハンドルの操作突起を嵌めた略台形状の受孔が係止板の中央部に設けられていること、該受孔の頂辺側に連通した円弧状の逃げ孔が現れていること、該逃げ孔と該受孔が全体として、送受話器を掛けた電話機様の形状を呈していること、2つの前記止め具が函体の側端部を通るように設けられ、一方の止め具が前記逃げ孔内に現れていること、及び係止板の一側辺部の左右両端部に2個の小円形孔が現れていること」であり、これも意匠の類否判断を決定する要部として加えられるべきであり、甲号意匠の背面側の具体的形態は、「係止板が略長方形であること、係止板の背面中央部に1個の円形止め具が現れていること、回動ハンドルの操作突起を嵌めた長方形状の受孔が該止め具に近接して係止板に設けられていること、及び係止板の上下左右の隅部に4個の小円形孔が現れていること、函体の内部に回動ハンドルの大部分が現れていること、及び回動ハンドルの板状突起に上部を連結されて、中間部に支持棒を通されたバネ収容円筒体が回動ハンドルの背面側に現れていること」である。

〈2〉 ところで、審決は、「配電盤扉用ハンドルの意匠としては、設置前の形態を全体として観察するべきものではあるが、係止板と背面の函体の形態の差は、使用状態では見えなくなる部位であるから、意匠の類否を左右するものとすることはできず、」としているが、「設置前の形態を全体として観察するべきものではある」としておきながら、「係止板と背面の函体の形態の差は、使用状態では見えなくなる部位であるから、意匠の類否を左右するものとすることはできない」とするのは、論理的に非常に矛盾し、破綻している。そもそも、意匠の対比観察は意匠の類否判断をするためになされるのであるから、この種意匠の分野では設置前の形態を全体として観察するものと決定した以上、設置後の形態、すなわち使用状態の形態を問題にする余地は全くないのである。また、意匠の類否判断に当たって、設置前の全体観察の手法を取るべきであることは、意匠法の規定の趣旨からいって当然のことであって、使用状態では見えない部位の形態は意匠の類否判断においては実質上無視ないし軽視できる、とするような審決の認定の仕方は意匠法の趣旨を大きく逸脱するものである

そして、配電盤扉用ハンドルは小型かつ軽量物であって、設置前は容易に手に取って上下左右及び前後のいずれの方向からも自由に見ることができるものであるから、当然のことながら、底面や裏面の構成態様にも看者の注意が引かれるものである。

したがって、両意匠の背面側の具体的形態は、意匠の類否判断を決定する要部として加えられるべきである。

仮に審決のいうように使用状態における形態を加味するとしても、本件意匠に係るハンドルは配電盤収納箱の扉に使用されるものであり、扉は開閉されることを前提としているから、扉閉鎖状態と扉開放状態の時間的長さの如何にかかわらず、扉閉鎖状態と扉開放状態のいずれもハンドルの使用状態であり、扉開放状態では係止板の形状、函体の背面内部の形状等も看者の目に直接触れるのであるから、この点からいっても、背面側の具体的形態も意匠の要部というべきである。

いずれにしても、この種意匠においては、背面側の具体的形態は看者の注意を強く引くものであり、これに加えて、甲第4ないし第7号証に示されるように、前記基本的構成態様に近似した意匠の形態が配電盤扉用ハンドルの分野において周辺意匠としてよく知られていた事実をも勘案すると、看者の注意は前面側を主とする基本的構成態様よりも、背面側の具体的形態の方により強く引かれるものであるともいうことができ、これらの具体的形態における顕著な差異によって、本件意匠と甲号意匠が類似していないことは明らかである。

なお、審決は、係止板の形態につき「乙第3号証(本訴における甲第6号証)の意匠にも共通しているので、本件意匠のみの特徴とはいえず、類否判断に大きな影響を与えるものではない」としているが、同号証の意匠では、係止板は略「6」の字状であり、略変形L字状であるとは到底いえないから、審決の上記判断は誤りである。

(2)  押しボタンの形状の差異が類否判断を左右するものであることについて

審決は、押しボタンの形状の差は類否判断を左右するものではないとしているが、誤りである。

〈1〉 一般に構成部品点数が比較的少ない非常にシンプルな物品の意匠においては、その一部の部品における形状の差異は、意匠全体としての類否判断に大きな影響を与えるものであり、前面板、函体、押しボタン、係止板で構成される本件意匠も、このことがよく当てはまるものである。とりわけ、配電盤扉用ハンドルでは、押しボタンは回動ハンドルを函体から飛び出させて扉を開閉するとき、操作者が位置を確認して指で押圧操作するところであり、最も注視される部品であるから、押しボタンの形状の差異は重要な意味を持っており、押しボタンは配電盤扉用ハンドルの意匠においては無視または軽視できない構成要素である。

〈2〉 本件意匠では、押しボタンを略偏平四角柱形(審決は、略偏平四角錐台形としているが、誤認である。)とすることによって、略横長長方形とした前面板、略直方体の函体、略横長長方形状の開口部、及び長方形の回動ハンドルとの形状上の整合性が得られており、意匠全体のモチーフが角張ったものに統一され、整合性と同調性を有している。

これに対して、甲号意匠では、押しボタンを略偏平円柱状(審決は、略偏平円錐台形としているが、誤認である。)としているため、略縦長長方形の前面板、直方体の函体、縦長長方形の開口部、長方形の回動ハンドルという他の部品から得られる角張った基調イメージに対して、異質で違和感のある丸みのイメージが部分的に付加されることになり、意匠全体としてのモチーフにおいて統一性と整合性が欠如した破調性の極めて高いものとなっている。

上記の押しボタンの形状の顕著な差異がもたらす意匠全体のモチーフとしての同調性と破調性の相違が、両意匠の類否判断を左右するものであることは明らかである。

(3)  以上のとおり、本件意匠と甲号意匠は、背面側の具体的形態における顕著な差異に加えて、押しボタンの形状の顕著な差異がもたらす意匠全体のモチーフとしての同調性と破調性の相違によって、看者に与える意匠的美観が顕著に異なるものであり、両意匠は互いに類似しないものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1、2は認める。同3は争う。審決の認定判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  意匠の類否判断において、全体観察によるといっても、意匠を構成する各部の態様をすべて同じ価値で評価するものでないことはいうまでもなく、原則として、看者の目にふれ易い部位か否か、あるいは形態が看者の注意を引くか否かなどを基準として、副次的には新規性や創作性などにも配慮しながら要部を抽出して、類否の判断を行うのである。

本件意匠及び甲号意匠の函体及び係止板の形状は、扉への装着後は見えなくなる部位であって、強く看者の注意を引く部位ではなく、意匠的創作の主要なポイントにもならない部位である。

本件意匠の背面が購入時に手に取って見ることができ、また、見えることがあるとしても、本来見えるか見えないかではなく、見所か、そうではないかの問題である。一般に使用者は、この種物品の購入の際、デザインについて、付設した後にどのような体裁になるかに関心があり、付設した状態を想定しながら選択購入するものであり、通常装着した場合に見えなくなる部分に対してデザイン的興味がないのが通例である。

配電盤扉用ハンドルが用いられる扉は、配電盤が危険な電気設備を内蔵しており、配電盤に不用意に接触することを防止するために扉が取り付けてあるので、点検・修理等の時以外は閉めてあり、扉閉鎖状態の方が本来的状態である。

したがって、両意匠の背面側の具体的形態も意匠の要部である旨の原告の主張は理由がないものというべきである。

なお、原告は、甲第4ないし第7号証を引用して、両意匠の基本的構成態様に近似した意匠の形態が配電盤扉用ハンドルの分野においてよく知られていた旨主張するが、同各号証記載の意匠はいずれも甲号意匠とは異なる類型のものである。

(2)  甲号意匠の出願前には、前面板の上方部に余白を設けてハンドルから離れて独立させた押しボタンを現した事例はなく、押しボタンを特に円柱形にしたことを評価されて登録されたものではなく、上部余白部を設けてこの余白部に押しボタンを設けたことで先例と異なる新規性があることを認められたものである。

本件意匠の押しボタンは、その付設位置も、周囲の状況も、大きさも甲号意匠の押しボタンとほぼ同じで、単に丸形を角形にしたわずかな点で相違するのみである。そして、角柱形は抽象形態としても古くから周知の形状であって、何ら目新しいものでもなく、看者の注意を強く引くこともない、部分における通常行われる類型的改変の域を出ないものである。押しボタンが角形か丸形かはシリーズ商品におけるバリエーションの一種として認識される程の小差であり、意匠を本質的に変更するものではなく、類否判断上重要なものとは考えられない。そして、押しボタンの形状の差異によって格別別異な基調イメージが形成されるとは考えられない。

したがって、押しボタンの形状の差異が類否判断を左右するものである旨の原告の主張は理由がない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)の事実、本件意匠及び甲号意匠の各出願日、設定登録日、意匠に係る物品が審決摘示のとおりであること、本件意匠の形態が別紙第一のとおりであり、甲号意匠の形態が別紙第二のとおりであること、及び両意匠の基本的構成態様が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決取消事由の当否について検討する。

(1)  上記争いのない事実によれば、本件意匠及び甲号意匠の各基本的構成態様は一致しているものと認められるが、意匠に係る物品(配電盤扉用ハンドル)の用途及び使用態様に照らすと、この基本的構成態様は、いずれも意匠としてのまとまりを形成するものとして看者の注意を強く引くもの、すなわち要部であると認めるのが相当である(なお、原告は、両意匠の背面側の具体的形態も意匠の要部である旨主張しているが、両意匠の基本的構成態様が意匠の要部であること自体は否定していない。)。

(2)  原告は、両意匠における背面側の具体的形態も意匠の要部である旨主張するので、以下この点について検討する。

〈1〉  まず、両意匠の背面側の具体的形態について検討する。

別紙第一によれば、本件意匠の背面側の具体的形態は、係止板は変形略L字状であって、係止板の背面に2個の円形止め具を現し、係止板のほぼ中央部に回動ハンドルの操作突起を嵌めた略台形状の受孔と該受孔の頂辺側に連通した略楕円状の逃げ孔を設けて、該逃げ孔内に前記円形止め具のうちの1つを現し、係止板の一側辺部の左右両端部に2個の小円形孔を現し、背面の函体は略中央部で段差があり、蓋に覆われて内部を見ることができないものであることが認められる。

別紙第二によれば、甲号意匠の背面側の具体的形態は、係止板は略長方形であって、係止板の背面中央部に1個の円形止め具を現し、該止め具に近接して回動ハンドルの操作突起を嵌めた長方形状の受孔を設け、係止板の上下左右の隅部に4個の小円形孔を現し、背面の函体は略中央部で段差があり、蓋はなく、函体の内部に回動ハンドルの大部分が現れ、回動ハンドルの板状突起に上部を連結されて、中間部に支持棒を通されたバネ収容円筒体が現れているものであることが認められる。

〈2〉  原告は、審決が、「配電盤扉用ハンドルの意匠としては、設置前の形態を全体として観察するべきものではある」としておきながら、「係止板と背面の函体の形態の差は、使用状態では見えなくなる部位であるから、意匠の類否を左右するものとすることはできない」としたのは、論理的に矛盾、破綻しており、設置前の形態を全体として観察するものと決定した以上、設置後の形態、すなわち使用状態の形態を問題にする余地は全くない旨、また、意匠の類否判断に当たっては設置前の全体観察の手法を取るべきであることは意匠法の規定の趣旨からいって当然のことであって、使用状態では見えない部位の形態は意匠の類否判断においては実質上無視ないし軽視できる、とするような審決の認定の仕方は意匠法の趣旨を大きく逸脱するものである旨主張する。

意匠の類否は、取引者、需要者を基準として、相対比する意匠がよく似ていると感じることによって物品の誤認、混同を生じるおそれがあるか否かにより判断すべきであって、その場合に、意匠を全体として観察することを要するが、意匠に係る物品の性質、用途、使用態様、あるいはありふれた形状であるか否かなどによって、意匠を見る者の注意を強く引く部分とそうでない部分のあることは明らかであるから、全体的観察といっても、意匠を構成する各要素を等価値のものとして観察することを意味するものではないものというべきである。そして、意匠の類否は、意匠に係る物品の性質、用途、使用態様、あるいはありふれた形状であるか否かなどを考慮して、意匠を見る者の注意を強く引く部分を要部として把握し、相対比する意匠が要部を共通にするか否かを基準としながら、全体的に観察して視覚的印象の異同により判断すべきものと解するのが相当である。

ところで、本件意匠及び甲号意匠に係る物品である配電盤扉用ハンドルは、配電盤収納箱の扉に用いられるものであって、扉が閉鎖されている通常の状態においては、背面側を見ることができないものであり、したがって、取引者、需要者が、背面側の具体的形態に強く注意が引かれるとか、あるいは背面側の具体的形態に意匠的関心を持って購入等の選択をするものとは考えられない。

以上によれば、審決の説示には措辞必ずしも適切ではない部分があるものの、その類否判断の手法が誤りであるとまでは認め難く、これを難ずる原告の上記主張は採用できない。

〈3〉  また、原告は、配電盤扉用ハンドルは設置前は容易に手に取って上下左右及び前後のいずれの方向からも自由に見ることができるものであるから、底面や裏面の構成態様にも看者の注意が引かれるし、使用状態における形態を加味するとしても、扉開放状態では係止板の形状、函体の背面内部の形状等は看者の目に直接触れるものであるから、背面側の具体的形態も意匠の要部に加えられるべきである旨主張する。

しかし、設置前には配電盤扉用ハンドルをいずれの方向からも自由に見ることができるからといって、そのことから当然に底面や裏面の構成態様にも看者の注意が引かれるということはできず、また、配電盤収納箱の扉が閉鎖されている通常の状態においては、背面側を見ることができないものであるから、取引者、需要者が、背面側の具体的形態に強く注意が引かれるとか、あるいは意匠的関心を持って購入等の選択をするものとは考えられないのであって、原告の上記主張は採用できない。

〈4〉  更に原告は、甲第4ないし第7号証を引用して本件意匠及び甲号意匠の基本的構成態様に近似した意匠の形態が配電盤扉用ハンドルの分野において周辺意匠としてよく知られていたとして、看者の注意は前面側を主とする基本的構成態様よりも背面側の具体的形態の方に強く引かれるものであるともいうことができる旨主張するので、この点について検討する。

甲第4号証(実公昭32-9573号公報)の図面には、縦長長方形の前面板の中央部分に縦長長方形の開口部を設け、この開口部内に上面を面一とする回動ハンドルを埋め込み、前面板の背面には略直方体の函体を設け、函体上に係止板を設けた「扉の隠しハンドル」の意匠が記載されていること(別紙第三参照)、甲第5号証(特公昭35-12550号公報)の図面には、扉の一部を縦長長方形に開口し、この開口部内に上面を面一とする回動ハンドルを埋め込み、扉の背面に略直方体の函体を設け、函体上に係止板を取り付けた「扉の鎖錠装置」の意匠が記載されていること(別紙第四参照)、甲第6号証(第262912号意匠公報)には、縦長長方形の前面板に縦長長方形の開口部を設け、この開口部に上面を若干突出させて回動ハンドルを埋め込み、前面板の背面には略直方体の函体を設け、函体の背面張出し部に係止板を設けた「配電盤扉用ハンドル」の意匠が記載されていること(別紙第五参照)、甲第7号証(第267146号意匠公報)には、縦長長方形の前面板の周縁に傾斜面を巡らせ、前面板には周囲に余白部を設けて縦長長方形の開口部を設け、この開口部の下方寄りに、上面を面一とする回動ハンドルを埋め込み、その上方にある3本の横線を現した横長長方形の部材を隔てて、開口部の上端部に若干縦長長方形の押しボタンを現し、前面板の背面には、前面板より一回り小さい略直方体の函体を設けた「配電盤扉用引き手」の意匠が記載されていること(別紙第六参照)が、それぞれ認められる。

ところで、意匠を構成する態様のうち、周知の部分あるいはありふれた部分については、看者の注意を引かない場合や、注意を引く程度が相対的に低くなる場合のあることは否定できないが、上記のとおり、甲第4ないし第6号証の意匠には、例えば前面板の周縁に傾斜面を巡らせたり、押しボタンを現すという構成が欠如しており、また、甲第7号証の意匠には、例えば係止板が設けられていないのであって、甲第4ないし第7号証記載の意匠は、甲号意匠の「略縦長長方形の前面板の周縁に傾斜面を巡らせ、その上面(正面図)やゝ下方寄りに、周囲に余白部を設けて略縦長長方形状の開口部を設けて、この開口部内に上面を面一とする回動ハンドルを開口部いっぱいに埋め込み、上方の余白部中央に押しボタンを現し、前面板の背面には、前面板より一回り小さい略直方体の函体を設けて、函体上に係止板を設けたものである。」という基本的構成態様と相違するものであり、したがって、上記基本的構成態様は、本件意匠の出願当時周知あるいはありふれたものであったとは認め難い。

よって、原告の上記主張は、その前提を欠くものというべきであって採用できない。

なお、甲第6号証の係止板は変形略L字状とはいい難く(別紙第五参照)、その点で、本件意匠の係止板につき、同号証の意匠にも共通しているので、本件意匠のみの特徴とはいえないとした審決の認定は相当とはいえないが、係止板の形状は背面側に現れるものであって、看者の注意を強く引くものではないから、両意匠の係止板の形状の差は類否判断に大きな影響を与えるものではないとした審決の判断に誤りはないものというべきである。

〈5〉  以上のとおりであって、両意匠の背面側の具体的形態にも意匠の要部がある旨の原告の主張は理由がない。

(3)  次に、原告は、押しボタンの形状の差異は類否判断を左右するものである旨主張するので、この点について検討する。

〈1〉  別紙第一によれば、本件意匠における押しボタンは略偏平四角柱形(「略偏平四角錐台形」とした審決の認定は誤りであるが、この点が審決の結論に影響を及ぼすものでないことは明らかである。)で、その上面全体をわずかに円弧状に窪ませたものであり、別紙第二によれば、甲号意匠における押しボタンは略偏平円柱形(「略偏平円錐台形」とした審決の認定は誤りであるが、この点が審決の結論に影響を及ぼすものでないことは明らかである。)であると認められるところ、原告は、本件意匠の押しボタンを上記形状とすることにより、意匠全体のモチーフが角張ったものに統一され、整合性と同調性を有しており、一方、甲号意匠の押しボタンを上記形状とすることにより、意匠全体としてのモチーフにおいて統一性と整合性が欠如した破調性の極めて高いものとなっているとした上、この押しボタンの形状の顕著な差異がもたらす意匠全体のモチーフとしての同調性と破調性の相違によって、看者に与える意匠的美観が顕著に異なる旨主張している。

しかし、本件意匠の押しボタンは前面板の左手(平面図)の余白部中央に現し、甲号意匠の押しボタンは前面板の上方(正面図)の余白部中央に現したものであって(この点は当事者間に争いがない。)、その付設位置は共通していること、別紙第一、第二によれば、両意匠の押しボタンが前面板に占める面積的割合は、ほぼ同程度であって、いずれもそれほど大きいものではないこと、押しボタンの形状として、両意匠の上記各形状は格別特徴的なものではなく、ありふれたものであって、本件意匠の押しボタンの形状は、通常行われる意匠の部分的変更の域を出ないものと認められることからすると、両意匠の対比において、押しボタンの形状が格別看者の注意を引くものとは考えられず、また、本件意匠の押しボタンの略偏平四角柱形によって意匠全体に同調性なり、整合性が、一方、甲号意匠の押しボタンの略偏平円柱形によって意匠全体に破調性がもたらされているとまでは認め難く、押しボタンの形状の差異が、両意匠に共通する基本的構成態様によってもたらされる美観を凌駕して、異なった美観を醸成しているとは到底認め難い。

したがって、押しボタンの形状の差は類否判断を左右する差異ということはできないとした審決の判断に誤りはなく、原告の上記主張は理由がない。

(4)  以上のとおりであって、意匠の要部である基本的構成態様において一致する両意匠は類似するとした審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙第一 本件登録意匠

意匠に係る物品 配電盤用ハンドル

〈省略〉

別紙第二 甲号意匠

意匠に係る物品 配電盤扉用ハンドル

〈省略〉

別紙第三

〈省略〉

別紙第四

〈省略〉

別紙第五

意匠に係る物品 配電盤扉用ハンドル

〈省略〉

別紙第六

意匠に係る物品 配電盤扉用引き手

〈省略〉

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